広津和郎 政治と文学 戻る ホーム
文芸時評序論 昭和4・1 『改造』
49 震災直後 アメリカニズムの影響 講談雑誌風の雑誌の傾向 予想
文士の生活
51 プロレタリア文学 在来の日本的既成文壇を目の敵 文芸雑誌の争奪戦
アメリカニズムの低調平俗な雑誌編輯法 既成、新興両文壇は握手し、協力して、フィリスティニズムに堕して行くことから文芸をすくわなければならないだろう。
「ブル」文芸と云われている人達と、「プロ」文芸と云われる人達とは近来頓に横暴になった出版資本主義に対して職業的立場から、協力して当たる傾向 ***今年あたりはこの両者の協力が****
今年の文壇 昭和4・12・5〜10 『読売新聞』
73 「蟹工船」「不在地主」の作者は出色の作者だった。****一つの大きな視野
74 辛抱強い根気と忍耐力
75 プロレタリアの芸術論的進出 しまいには一種の煩瑣哲学
ブル雑誌 特等席 制圧非を保証されつつ、芸術論の進出を誇っている
123「精神生活」を投げ捨ててしまい
奈良に志賀直哉氏
125 文学では「完成」ばかりが貴ばれるのではない。如何にして「時代」と取組み始めたか、その事が、いつも文学を新鮮にして行く。
この夥しい失業者の群、「デパートメント」の資本の圧迫で、気息奄々たる小商人階級、頭でっかちで、心臓が病的に痩せ細った知識階級、上に上りようも下に下りようもなく、時の流れの赴くままに、自分の運命を、手を拱いて、まかせていなければならない中間層、
その渦巻き 東京人 曾て東京人がこのような不安、懊悩、陰惨味をその顔に表していた事はなかった****凡そオチツキのない時代、若しこれを歴史の上で見たら、この時代は大変な乱世に違いない事が想像される。
◆◇或る人々 生き甲斐 苦しめられ苛まれていた人々が、どん底まで苦しめられ、苛まれていた揚句、背水の陣を布いて立上がって行く新鮮な力****次の時代の勝利を目指して進んで行く気持ちは解る。−−−それは知識からでもなければ、ヒロイズムからでもなく、ひしひしと身にこたえる実感から動き出したその力だ。
けれども……骨の髄まで中間層育ちの我々、東京の知識層に生れ、知識層に育ち、そしえ明治から大正にかけての、自由主義の気軽さあの中にあらゆる生活の習慣をつけられた我々には「ツケ焼刃」では動けない。
「ヤングマン、アホーイ、瀬は早くなって来たぞ。お前の後ろに滝津瀬が近づいて来ているぞ。気をつけるのも今の中だぞ。いまを失うと、もう取り返しはつかなくなるぞ」と。
127 そういう呼びかけに向かって「そうだ、命もいらない、進め、進め」と突進していけるものには、その詩は進軍喇叭だ。併し動こうとする前に、集荷アンが根深くもたらした型のコリや、手足の硬直をおみほぐす事を必要とする連中には、進軍喇叭は彼等に無益な反省でその心臓の傷に更に痛みをふりかける胡椒だ！
128 一九三〇年型の小説にそう我々の頭に残ったおものはない。***自分はこの新作家群が、階級問題をわざわざ軽視する如き態度を取っているのは、どうかと思う。文壇に於ける立場とか、塔はとか、勢力とかいうものを若し念頭に置いて、それで階級派の作家達に対立しているのなら、くだらないことだと思う。やはり眼前の現実に成心なくしてぶつかって行くべきだと思う。
129 藤沢の遊行寺の銀杏の下のベンチに、これ等文明の交通機関を利用し得ない徒歩者
新芸術派の諸氏は、片方の目でスペインの港のエキゾチックな船長の望遠鏡を窺くと共に、もう片一方の眼では現代の「蔭」の面を窺いてもいいと思う。
「1930年」と共に、明るい世界が開けるかの如き諸君の予言を聞きながら、我々が現実に見た1930年は、曾て我々が知らなかったような暗い東京であり、暗い日本であった。
◆◇「失業都市東京」 この純粋のプロレタリア作家の力作は、自分にはかなりの感動を与えた。この群像を些かの危げなく纏め上げた構成力、読者をぐいぐい引入れて行く情熱、立派に推奨に値すると思う。
134 片岡鉄兵 「愛情の問題」
一つの階級信念の前に全ての個人的な感情は義性にされる−−−これが再び最も道徳的であると思われる時代が、再びまわって来ようとしているのである。その形式は違っても、時代の流れが急流になって来る時にはいつでも同じ感情が経験される。る◆◇
◆◇この問題を捉えたところに面白味 視界結局捉えたというに止まって、ただ問題を提示したという程度以上に出ていない。
◆◇伏せ字 今の検閲制度 此処まで消されずに、それでいてもっと具体が暗示されるように書けないものか。
135 実録的同盟罷業小説、どれも同じような小説だ。我々に退屈に感じれれるところを見ると、彼等にも退屈になる時がくるのではないかと思われる。
135 中央公論 「失業反対」 日本プロレタリア作家同盟の組織的生産と称する連作
136 一つの問題に向かっての闘争手段であるという事を全使命としている芸術が、その理論的帰結として此処まで来なければならないものであるという事は我々にも理解出来ない事ではない。理解出来ない事でないばかりではなく、第三者としても、我々はプロレタリア芸術がもっと早くこういう事を具体的にやってもいいものであると考えていた。
◆◇徳永直「豊年饑饉」うまさ 併し「失業都市東京」のような作者の熱は感ぜられない。やっぱり課題小説を書いているようなところがる。
137 徳永直の「『赤い恋』以上」 ぐっと熱がある***「愛情の問題」よりも、***もっと肉もあり、豊富さもあり、力強さもある。
◆◇その経路が概念的でなく、我々にも理解出来、同感出来るように、よく描けている。この作者は単に物を書きこなす腕という点だけでも、新旧の芸術派達に決して負ける作家ではない。[統一的評価の可能性]
138 やっぱり何処か「時代」と関連がなかえば、物足らなくなってしまったのである。
政治的価値あり得るや 昭和5・3 『改造』
81 小林多喜二氏の「暴風警戒報」ざらざらした目の粗い作品だと感じた。
「蟹工船」「不在地主」
ジミな、根気を要する努力は少しも払われていない。
82 論文では云い表せないものを 全面的な具体的なものを
84 演説口調 英雄意識 はでやかな思い上がり 作家的用意の軽視
この作が目指していると想像される その政治的効果 それが果してあり得るや否や
徳永直 「失業都市東京」
85 「雛ッ子」たちの熱情が少しも具体的に描かれていない
目の前の生活苦に次第に負けて行く中年物の無力の方が具体的に描かれているから
86 [書けない部分 伏せ字]功利的使命 その使命を裏切る 最初の動機如何にかかわらず
現在の為政者は言論の生殺与奪の権 現在の政治に役立つもの 発表機関
「三・一五」から出て来た二人の人物が、今それにめげずにどんなことをやりつつあるか、＊＊＊「敵」の目
「敵」と「味方」との二重の検閲
「敵」の政治が支配している時代には***発売禁止をまぬかれて 合法的
「敵」にさとられないような技巧 ****自分は今後の彼等の上を刮目して見戌っていようと思う。
文芸時評(昭和7年5月) 『中央公論』
148 農民および漁民 最近農村問題が愈々逼迫して来ている社会的情勢 昨年の東北及び北海道の饑饉 ***それだけの事を読者にうなずかせようという事が、これらの作者達の目的であるならば*** 単なる事実の報告以上に、作者達が読者の心に何等かの感動を****これ等の作物は甚だしく「熱」を欠いているからである。
◆◇「沼尻村」「村のあらましの話」「農民副業読本」等の或部分には、多少頭に残るところがないでもない。と云って迫って来るような迫真力があるのではない。多少「描かれている」と思わせるところがあるという程度である。****「餓鬼道」「鴉片」の二篇 具体的なものが少しも感じられず**
149 どうしても「創作」にしなければならないというなら、もっと「人間」が画がけなければ駄目だと思う。***創作が「或目的のために」執筆されたという理由で、その創作が人間を具体的に描いていないという事を見のがすわけには行かない。創作以外の目的があるから、その創作が創作としての価値が低くっていいなどとは凡そ云えない。
150 人物、事件、その他が甚しく説明的で、具体性がない。***作者達の心持ちが説明的だから
****作者達の心持ちの上で、素材が具体性を帯びていないためだと思う。一口に云うと創作的燃焼が足りないためだと思う。
作者の心の中に、素材の具体的流動があれば、「形式」は説明で行っても、読者の心には「描かれた具体」としてやって来る。
◆◇こうした制作心理の問題になれば、プロ作家もブル作家も区別があるものではない。同じ創作家としての同じ問題にぶつかって来なければならない。−−−いずれにしても、創作家心理に素材の具体的流動がなければ、具体的な描写は出て来ない。形だけ描写の形式を取れば取る程、却って具体性の不足が暴露され、表現がぼやけて来る。
自分はこのプロレタリア作家達のこれ等の創作に、何よりもそのぼやけさを感ずる。
◆◇調べた芸術 材料を調べ、蒐集する殊に努力していても、それを創作的燃焼にまで持来すよういと努力が欠けているのだっろうと思う。
◆◇もっと形式の工夫 短篇小説と長篇小説の区別 短篇小説なら短篇小説らしく、もっと簡潔にし、所謂テマ小説の形式を取入れたらいいと思う。
小林多喜二自身もテマ小説の形式から・・・
151 この作者の初期作品には、今度の「沼尻村」などから見ると、もっと描かれたものに具体性があった。 ◆◇作者に熱があり、創作する心理に具体的な流動があったので、出来上がったものは、もっとぐんぐん読者に迫って行った。中頃には妙に思い上がったような浅さが見える作品を見せたが、今度の作***その思い上がりがなくなった代りに、初期の作品にあったような熱もなくなっている。全体に左翼マンネリズムと行ったような平板単調な匂いがする。
文芸時評(昭和9年5月)『文芸』
207 横光利一の「紋章」
208 徳永直の「私の『黎明期』」 活字の立って来るところがない。
金親清の「裸の町」 調子に引きずられないようにすること
藤森成吉の「餓鬼」
ひと頃の階級闘争をば具体的に描こうとスル事から***
209 甲高いキイキイ声などが少しもなく、じっくりと描いているのでついて行ける。
−−−もっとも、プロレタリア文学が何よりも先ず「文学」でなければならなかった筈だという事は、今や左翼陣からも云い出されている。我々が横合から云う必要はないかも知れない。
212 志賀直哉*********
全と個 昭和13・2・18〜20 『中外商業新報』
297 田山花袋などは、この個を盛んに唱えて、個を通して見た全でなければ全はわからないという意味の事を盛んに主張していた。つまり社会を理解するにも国家を理解するにも、個人を掘って行く事以外に理解の道はないというのである。
****併し、主張者の田山花袋もその「個」を何処までも掘って行けない中に時代は進展乃至変転して行った。日本の文壇は個人主義を掘りつくさない中に、他へ向って駈足しなければならなくなって来た。
◆◇今度は全の中の個としてしか個が認められない時代がやって来たのである。個を掘り下げている者は「要するに個人の問題に過ぎない」という非難によって一蹴されるに至った。全体の中の個、社会の中の個人−−−重要なのは社会であって個人ではない。−−−つまりプロレタリア文学の時代である。
299 今までの全体主義を阻止したところの全体主義の線
日本の文学が、ひた走りに走って未解決のまま後に残して来たいろくの問題を、ゆっくり振返り、解決して行ったら、どんなものであろうか。
◆◇個というような問題もその一つである。***個を掘り下げて行くことを途中で中止した廃鉱****
300 葛西 彼はぶっつかった現実の中に飛び込んで行って、そこから何かを見つけて来ようというような、成心なくして物にぶつかる探究心は持っていない。
調子 者を見てそれをエア学ために出て来る調子ではなくて、調子がものを書かせてしまうような調子−−−そういう調子は警戒すべきである。
「麦と兵隊」と「黄塵」 昭和13・11 『改造』
308 現地にとらわれた都合の好い報告ばかりでなく、実情の報告が知りたい。
徳永直の小説 昭和13・11 『はたらく一家』序文
309 この作者は所謂英雄型でもなければ、これ等の庶民階級の生活を政治的にどう指導して行くかということを主張する指導者型でもない。寧ろこれ等の階級の人々と同じ臆病をもって、それ等の階級の置かれた境遇の苦しさを、誠実な、地味な、実感的な呟きで訴える作家である。
310 「はたらく一家」にしても「彼岸」にしてもそうした作者のつつましやかな、臆病な、併し性急な結論で絶望的に興奮したりしないで、一歩でも二歩でも、これらの作中の人物に幸福の来ることを祈っている優しい訴えがある。
◆◇政治性に於いてややもすると示す臆病さ 氏が英雄型でないという事は それだけ庶民階級の生活感情を如実に表現する事には、非常な役立ちをしているのである。
★徳永氏はそれだから飽くまで政治家としておりも、作家として、庶民階級の作家として終始すべきであるし、・・・・現代日本の持つ最もすぐれた芸術的感性を持った作家の一人であるという事が出来ると思う。
「チェエホフ私感」 昭和9・6『文芸』
*214 インテリゲンチャの無力
217 チェエホフの見た人間 しっかりした性格を持っていない 神経の暗示のままに泣いたり笑ったり、悲しんだり喜んだりして、さまざまの悲喜劇を演じている。作者のそれに対する批判と深い愛とは、一種特別なるユウモラスな気分、いわゆるチェエホフ式気分
トルストイ 写真師 芸術家 [多喜二]
<彼の作中の何処にもトルストイの述べたような説教の言葉は一語もない。>
旧稿 「チェエホフの強み」
「正直たれ」 <言葉ならぬ言葉を以て、強迫ならぬ強さを以て、傲慢ならぬ威厳を以て、命令ならぬ微笑を以て、『正直たれ』と読者に向って説いている。>
＊彼は人の心に食い入っているさまざまな『虚偽』に対して、一歩も容赦しない。彼は人生の曠野から虚偽を狩り立ててゆく。如何に錦を着ても、黄金の褥に横たわっても、高位高官に就いていても、結局『豚は豚である』事を彼はちゃんと見抜いているのである、そして而も彼は人生を愛している。無知な凡俗をも愛している。
「小林秀雄君に」 昭和9・10・19『読売新聞』
230 性格を求めて性格破産を掴んでくる私の旅は、今後まだ長く続くだろう。
236 「人物のステロタイプ化について」 大森義太郎 全体的恐慌の波 『風雨強かるべし』
「売言葉・買言葉」 私が大森氏の説教壇の「壇」が聞きたかったのは、大森氏が余りにインテリを高くから見下して、自分ガインテリの苦悶や不安の外に立っている人間であるような顔をしていたからである。
＊今後はもう少し相手の云う意味を分かろうとする人間と、若し議論するならしたい。
如何に時局に対処するか 昭和12年9月22日〜23日 読売新聞
295 ＜文学の一線を＞今まだわれわれの予期しないような多くの現象が次々と起って来ないとは限らない。−−−それに対するわれわれの態度は結局忍耐である。みだりに大声を揚げたり、悲鳴を揚げたりするのが一番よくない。
◆◇物の勢 そういう間は、それだから、あわてたり、悲鳴を揚げたり、絶望したり、いわゆる軽挙妄動はしないで、自分の思う通りの事をやっているべきである。−−−その間に本気で、芸術なり学問なりをやって行く人間によって、歴史の急流がしずまった時、次の文化は始められるのである。＊＊＊悲観せず、絶望せず、みだりに悲鳴を揚げず、結論を急がず、何処までも忍耐、ただ忍耐、その外にわれわれが持すべき態度はないのである。
芸術と実行
295 私はプロレタリア派の作家では無論なかったけれども、この芸術と実行という問題には多大の関心を持っていた。−−−***散文芸術は実行世界の直ぐ隣にあり実行世界によって絶えず刺戟されて行く以外に、散文芸術の後世はあり得ないと云ったような考えが始終私の頭にあった。
296 併しこの一二年になって、私の頭には、散文芸術が実行世界の隣りであり、そこに特色があるという事がたとい説明されたところで、それが何であろうというような疑念が少しずつ萌し始めたのである。−−−実行生活の隣りであるという事によって、実行生活との近づきを散文芸術がその特色とするというならば、それはその実行生活の隣りであるというその「隣り」の一線を撤去してしまえば、もっと好い筈ではないか。−−−何故それは実行生活そのものになっては行けないのであるか。
****この疑念にぶつかると、せっかく引いた一線−−−この防御のトーチカは甚だしく薄弱である。いや、これは薄弱でないつもりで引いたトーチカではあったが、併し人の心の不思議さよ(と私は此処で一時的な逃げを張っているに違いないが)！一つの視点から見ていた時、堅固無比に見えたものが、その視点の僅かな移動によって、その堅固さがぐらぐらして来る。−−−これは視点の移動なのか、それともトーチカそのもののあやふやさなのか。
併し実行世界そのものは、どう考えてもそのイニシアチヴを取るためには、政治の支配力を持つ以外にない。−−−っそこで、私は又逆戻りし始めるのである。なぜかというに政治の真理と芸術の真理とは結局一つにはならないからである。それは求める真実が、気質的、体質的に違う。政治が見のがす小さな個々のものが文学に取っては捨てられない。−−−結局文学に携わる人間が、政治に動くという事は、気質的、体質的に出来ない。
****私は文学者、実行世界に支配権を持つという事は、あり得たら、無論好い事には違いないが、併しそれはあり得ない事であると云っていいと今や思っている。−−−ここからもっと早足に、一足とびに感想を進めるなら、結局、この実行世界の歴史的推移は、文学者ガ希望したり、文学者が意図したりするおうには動いてはゆかない。併しそれは文学者がはじなくてもいい事である。
それよりも、歴史の推移に合点出来れば合点し、出来なければそれを合点しないという事の証拠を、歴史の長い過程の間に、時々見せるだけで、その任務に足りるのである、と云っていいように、今のところでは思っている。
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広津和郎 怒れるトルストイ」
範疇
歴史と自由───カミュ・サルトル論争─── 昭和28・5『新潮』
500 あなたがサルトル氏と論戦するという行動は嗚呼不条理認識から一歩出た事であり、それがHOW TO LIVEの現れだと、こう私には思われるのです。
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